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大阪高等裁判所 昭和23年(上)50号 判決 1948年6月15日

上告人 被告人 水谷清重

辯護人 橋本清一郎

檢察官 森山良關與

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人橋本清太郎の上告論旨は、末尾添付の上告趣意書に記載のとおりであつて、これに對して當裁判所は次のように判斷をする。

第一點について

選擧運動の文書圖畫等の特例に關する法律は、用紙其の他資材の不足極めて窮迫してゐる經濟事情の下に行われる選擧を最も適正且つ公平ならしめることを目的として昭和二十二年中に施行された參議院議員等の選擧において選擧運動のために使用する文書圖畫等の頒布又は掲示について適用する法律であつて、參議院議員選擧運動取締規則等の中で右法律に適合しない部分は同年中その効力を停止するという特例的なものとして制定せられたものであること、同法第一條及び附則第二項によつて明かである。選擧運動のための文書圖畫を戸別に頒布する場合について一定の制限を規定した右取締規則第二條の法文を根據として頒布文書圖畫の種類について制限を加えた右特例法第二條の解釋をしようとするのは、いわれない試みであつて、同法第二條にいわゆる頒布を二戸以上の家への配布と制限的に解すべき根據は何もない。しかして原判決の犯罪事實として記載するところは、論旨摘示のごとくであつて、これによれば、被告人は情を知らない南井正太郎等をして數十名に對して名刺九十餘枚を配布させたことをもつて頒布と解したのであつて、所論のように名刺百餘枚を南井正太郎に交付したこと自體をもつて頒布と解したのでないこと極めて明瞭である。

しからば、この犯罪事實は右法律第二條に違反し同法第十四條に該當すること疑いないから、原判決には、所論のように事實を誤認し法の解釋を誤つた違法があるとはいいえず、所論は全く理由がない。

第二點について

原判決擧示の證據によれば、原判示事實を認めるに足り、その間原判決が採證上の法則を誤つた點を發見し得ない。所論は要するに原審の事實認定を非難するものであつて、適法な上告理由とするに由ない。

右の次第であるから刑事訴訟法第四百四十六條によつて主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 大野美稻 判事 態野啓五郎)

辯護人橋本清一郎上告趣意

上告理由第一點 原判決は事實を誤認し法の解釋を誤つた違法がある。

原判決は被告人は昭和二十二年四月二十日施行せられた參議院議員選擧に際し全國區選出議員候補者として立候補したものであるが右選擧に際しては主として選擧運動のために使用する文書圖畫は法定の無料葉書の外これを頒布することができないのに拘らず同月十九日京都市東山區山科驛前に於て豫て知合の南井正太郎に對し自己の住所氏名職業を記載した名刺百枚餘を手交して他人に配付ありたい趣旨の依頼をなし即日情を知らない同人、同人の弟裕司及友人奥村俊一をして同驛附近の通行人及民家居住者數十名に對し右名刺九十餘枚を配付させてこれを頒布したものであるから有罪であると判示したが上告人が判示日に南井正太郎に對し名刺百枚餘を交付した事實は爭ひは無いが斯る行爲が選擧運動の文書圖畫等の特例に關する法律第二條違反と斷するを得ない。上告人が名刺百枚餘を南井正太郎一人に交付したのみでは頒布とならないことは參議院議員選擧運動取締規則第二條と對照するに同第二條の規定に選擧運動の爲めの文書圖畫を戸別に頒布する場合云々と記載してある如く特に戸別を明記せる點よりして頒布と言ふには必ず二戸以上に配らない場合は頒布とならないことは明瞭である。依て選擧運動の文書圖畫等の特例に關する法律第二條に記載してある頒布の解釋も同様に解すべきもので必ず二戸以上の家に配らなければ頒布とならない。從て上告人が名刺百枚餘を南井正太郎一名に唯一囘だけ交付したことは一件記録により明瞭であるのに原裁判所は之を頒布と解し上告人に有罪の判決を爲したのは法の解釋を誤つた違法があるから破毀を免れない。

現行選擧法では運動員の數は限定せられて居ないから何時如何なる所でも運動者を定めることは自由である。選擧運動は多數の運動員と多數の文書を動員しなければならないことは公知の事實で殊に全國を地區とする選擧運動の展開は全國各地に運動員を派遣するに當つて選擧ポスター選擧運動の事務所の借入申込書選擧立會人の依頼書演説會場の借入申込書運動方針等の印刷物立候補者の氏名や職業を一目瞭然たらしめるための名刺等を選擧運動業者に交付するは選擧法上許された行爲であり其の運動員が選擧違反を犯した時には候補者に影響のないことも選擧罰則上明瞭である。依て上告人が南井正太郎を選擧運動者として名刺を交付したからとて文書圖畫の頒布とならない。假りに選擧運動者でなかつた場合にしても一人に交付したからとて頒付とはならない。

上告理由第二點 原判決は事實を誤認した結果法律の適用を誤つた違法がある。

判決理由中上告人は南井正太郎に對し名刺百枚餘を手交し他人に配付ありたい趣旨の依頼をなし情を知らない同人、同人の弟裕司及友人奥村俊一をして同驛附近の通行人及民家居住者に對し右名刺九十餘枚を配付させ之を頒布したものであると判示してゐるが上告人は判示日時に南井正太郎に名刺百枚餘を交付したことは間違ひない。然し投票日を明日に控えた前夜の七時頃と言へば選擧運動の最高潮に達して居る時でありより多くの場所に於てより多くの囘數の街頭演説を爲さんとして居たのは一件記録により明で又選擧運動中投票前日の候補者の活動繁忙なることは何人も肯定するところである。斯かる時期に於て上告人が南井正太郎に演説直後自動車の發車間際に瞬時の間に名刺百枚餘を交付したせつなに原判決理由中に他人に交付ありたい趣旨の依頼をなしと判示せるは選擧運動の最高潮に於けるふんいきを解せず尚證據として引用せる昭和二十二年五月十六日附檢事聽取書第五に「自働車に乘つて歸らうとした時に私の教へ子であつた南井正太郎が自動車に寄つて來て先生の御成功を祈りますと挨拶したので私は投票日も迫つてゐるので同人に名刺を取つて貰つて運動して貰はふと考へ名刺を貰つたか之を一つといふて百枚一括の束一つを同人に渡して歸りました」との供述、南井正太郎に對する檢事の聽取書中「名刺百枚以上の束を私に「一寸これを」と言ふて渡しました」との供述記載のみにては上告人が南井正太郎に配付ありたい趣旨の依頼をなしたと斷ずるを得ず。

尚原判決の引用する南井正太郎の檢事聽取書に同人は私にこの名刺を通行人や近所の人に配つて呉れと言ふ氣持であつたと思ひますとの供述は單なる南井正太郎の想像であつて上告人の頒布の依頼と斷ずるを得ない。同供述中奥村信一に約二十枚を渡し弟裕司に全部を渡したが配つて呉れとは言ひませんでしたとの供述及第一審第二囘公判調書中證人南井裕司の供述中「それを僕にお呉れ」といひましたとの供述と奥村俊一に對する檢事の聽取書中私は其處に行つて演説を聞きましたがこれが濟んで歸る時私方の前に居る南井正太郎と一緒になりました同人は其の時水谷清重の名刺を黙つて二十枚位渡しましたとの供述記載では南井正太郎が他人に頒布の意思ありたるやに見受けられるが單に南井正太郎の頒布行爲で上告人の頒布依頼に基きたる南井正太郎の行動と斷ずるを得ない。

原審第二囘公判調書記載の供述中名刺を頒布して呉れと依頼したことはありません、南井の手に交付した名刺を子供が家毎に配付したと云ふことは第一囘の公判の時始めて知りました……南井に手交した目的は南井宅の近所の家に配付して呉れと云ふ意味であつたかとの問に對し私は當時當選は不可能と思つて居りまして違反して迄當選を希望して居りませんでしたから頒布して呉れと云ふ意味で渡したものでありませんとの供述記載等を綜合するときは上告人が南井正太郎に名刺百枚餘を交付したのは頒布を依頼したものでないことは頗る明瞭であり南井の行動に對して上告人が責を負ふべきに非ざるに原裁判所は南井の想像による獨斷なる處置により上告人の名刺を他に頒布したと恰も上告人の依頼に基きたる南井の活動と判斷したのは採證上の法則を誤つた結果著しく事實を誤認した不當の判決であるから破毀せらるべきものである。

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